これは本当に興味深い事件です。
連合赤軍のメンバー5人(坂口弘、吉野雅邦、坂東国男、加藤倫教、加藤元久)が管理人の妻を人質に10日間に渡って立てこもった。
2月28日に警察が浅間山荘に強行突入し、機動隊員2人が殉職した。また突入の際に機動隊員1人がケガをしている。突入の様子は、テレビで生中継され、その日の総世帯視聴率は調査開始以来最高の数値を記録し、人質救出の瞬間は民放、NHKを合わせて90%弱を記録した。
なお、現場となった保養所名は「浅間山荘」が正しいが、マスコミが事件発生当時から「あさま山荘」と表記したため、事件名としては一般的に「あさま山荘事件」とされることが多い。以下の文中では保養所名については「浅間山荘」、事件名については「あさま山荘事件」と表記する。
事件の発端
当時、連合赤軍は栃木県真岡市の銃砲店を襲って銃と弾薬を手に入れて逃走を続けていたため、警察はその行方を追っていた。
警察に追われていた連合赤軍のメンバーは、群馬県の山岳地帯に拠点「榛名山ベース」を構え、潜伏して逃避行を続けていたが、仲間内でリンチ殺人事件を起こす(山岳ベース事件)などして疲弊していた。
警察の山狩りによって、榛名山や迦葉山のベースを発見されたことをラジオのニュースで知ると、群馬県警の包囲網が迫っていることを感じ、群馬県を出て隣接する長野県に逃げ込むことにした。長野県ではまだ警察が動員されていないと思われていたためである。
彼らは長野県の佐久市方面に出ることを意図していたが、装備の貧弱さと厳冬期という気象条件が重なって山中で道に迷い、軽井沢へ偶然出てしまった(浅間山は群馬県と長野県の県境にあり、軽井沢町と佐久市はその山裾にある)。軽井沢レイクニュータウンは新しい別荘地で、連合赤軍の持っていた地図にはまだ記載されていなかった。そのため、彼らはそこが軽井沢であるとは知らずに行動せざるを得なかった(立てこもり先として浅間山荘が選ばれたのは偶然であった)。
2月19日の正午ごろ連合赤軍のメンバーは軽井沢レイクニュータウンにあった無人のさつき荘に侵入し、台所などにあった食料を食べて休息していたが、捜索中の長野県警機動隊一個分隊が近づいてきたことを察知し発砲した。機動隊側もこれに応戦。15時20分ごろ連合赤軍のメンバーは、包囲を突破してさつき荘を脱出。さつき荘の近所にあった浅間山荘に逃げ込み、管理人の妻を人質として立てこもった。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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